皆さん、こんにちはきよさばです。
本日の地元の天気は晴れ。
運転中は暑く感じました。
さて、今日は気になった事があったので、父方の叔母に相談しました。
生まれる前に亡くなっていた、父方の祖父についてです。
色々と貰いました。
そして、生きる事の素晴らしさを実感しています。
今回は日常面を中心にご紹介します。
それでは、始めましょう。
父方の祖父を辿る
現在母方の伯母が直腸癌ステージ2で、入院の予定と手術も決まっています。
その時に思った事があります。
それは父が19歳で、父方の叔母が高校1年生の時に42歳の若さで亡くなった、
父方の祖父についてでした。
こういった偶然が重なるととても気になってしまい、父方の叔母にアポを取り、
今日連絡を取りました。
父方の祖父の事について辿ってみたかったのです。
腎臓癌が末期状態だった
午前中に父方の叔母から連絡があり、話をしてくれました。
父方の叔母が高校1年生の時、今まで真面目に治療をしてくれなかった祖父が、
血便や失神で会社を早退。
そのまま、名古屋市にある赤十字病院に行き、そのまま緊急入院。
状況は肝硬変で腹水が食道を破裂、更に末期の腎臓癌になっていました。
父によると祖父は大の医者嫌いで、産業医の警告も無視していたそうです。
それが、癌になってしまったりして抗癌剤治療も出来ず、1ヶ月後に亡くなりました。
父方の叔母は少し悲しげに話していましたので、誤りました。
思い出させた事について、こちらに非があります。
父方の祖父は善人だった
もし、父方の祖父が生きてくれていたら、力強い方だったそうなので、
片手で赤子の自分を抱いて「俺がこの子を見るぞ!」と、言っていた事でしょう。
それは、父も父方の祖母も過去に言っていました。
父は祖父に厳しいしつけを受けていたそうです。
でも、息子の父を自慢して否定的な意見を言う人は、親族でも許さない。
そして、筋の通らない曲がった人間は許さない人だったと、聞いています。
所謂、ヤクザや不良が嫌いで、緩かった昭和時代は居酒屋でヤクザと、
喧嘩をしまくっていたらしいです。
そんな父方の祖父に会えず、父もうつ病状態になる程のショックがあるとは・・・。
悲しくも感じています。
生きる事に感謝
今は母方の伯母の直腸癌の事で、頭が一杯な気分ですが、
父方の祖父、母方の祖父の様に簡単に終わらせたくはありません。
現代の医療技術では、何処までやれるか限りがあります。
限界値は人それぞれです。
でも、自分は伯母に言っています「孫のランドセル姿を見よう」と。
従姉妹の娘ちゃんは今月の誕生日で5歳になります。
小学校への入学は2年後です。
抗癌剤治療で辛い日があるかと思いますが、自分が伯母と同じ58歳の時に亡くなった、
母方の祖父の希望していた自分という孫への面倒を見る事。
それを実現して欲しく思ったりもします。
夢を現実にして、生きて行って欲しい。
闘病生活を支えるので、どうか一緒に頑張って欲しい。
それだけです。
生きる今を感謝して、やって行きたいです。
まとめ
- 42歳の若さで亡くなった、父方の祖父の状況を父方の叔母に聞いた事。
- 父方の祖父は強面だが、根は善人であった事が分かった事。
- 母方の伯母には孫の成長した姿を見て欲しいので、サポートは万全にする事を、
ご紹介しました。
自分の人生では実現出来なかった、祖父母との最高の時間を、
伯母には実現させたいです。
しかし、癌はとても憎い存在でもあります。
自分の身の回りの人も、癌で亡くなったりしています。
しかし、治療が確立出来るという事は、生きれる可能性が広がります。
自分は最大限に伯母も祖母もサポートして、自分の様な悲しい結果にさせたくない、
その気持ちを保って行きたいです。
直腸癌の摘出手術と、癌転移によるステージ3が無い事を願っています。
ご覧頂き有難うございます。
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